2025年5月23日、スーダン軍は、ハルツームの双子都市オムドゥルマンの集団墓地で、数百人の民間人の遺体が発見されたと発表した。ノース・アフリカ・ポストは、即応支援部隊(RSF)がサルハ地区の学校内で648人を「恐ろしく非人道的な環境」に拘束していたと軍が発表した、と報じた。

報道が引用した軍の声明によると、約465人が死亡して集団墓地に埋葬され、その一部には27人を超える遺体が収容されていた。正確であれば、この数字はスーダン内戦におけるこれまでで最も凄惨な出来事の一つを示すことになる。報道は、RSFがこの疑惑に反応したかどうかを伝えておらず、その沈黙により、抜粋では軍の説明だけが提示された状態になっている。

時期も重要だ。数カ月に及ぶ激しい戦闘の末、軍はその前の火曜日、ハルツームがRSFから「完全に解放された」と宣言した。つまりこの発見は、政府軍が首都圏の支配を取り戻し、占領中とそれに先立つ戦闘で何が起きたかを示す証拠を発見し始めた時期になされた。支配勢力の交代後に発見された集団墓地は、法医学的証拠であると同時に、政治的な武器にもなりがちだ。

報道は、この主張をより広範な惨事の中に位置付けている。スーダンでは2023年4月から戦闘が続いており、地元当局と国連によれば、2万人以上が死亡し、1,500万人が避難を強いられた。米国の研究者らは、死者数がはるかに多い約13万人に上る可能性があると推定している。こうした数字は、報告された集団墓地が一つだけであっても、それが単なる地域犯罪の話ではなく、途方もない規模の国家的緊急事態の一部である理由を示している。

同じ報道によれば、スーダンは深刻なコレラの流行と、ダルフールへの援助車列の移動を含む人道支援へのアクセスの深刻な制約にも直面している。このような状況下で、大規模な拘束と埋葬の疑惑は、人道支援機関が阻止するどころか監視することさえほとんどできない環境に民間人が閉じ込められていたのではないか、との懸念を強める。

軍の声明が検証されれば、説明責任が求められることになる。しかし検証前であっても、この報道は戦争の現状について明確な物語を伝えている。前線は移動し、その後方では、完全な記録に何年もかかる可能性のある事実が発見されている。親族を捜す家族にとって、この数字は抽象的なものではない。砲撃と避難にとどまっていた戦争が、失踪と大量死の領域へ移ったことを示す証拠だ。

この疑惑はまた、スーダンでの戦争が、解明に何年もかかる可能性のある証拠を生み出していることを浮き彫りにする。数百人の遺体が集団墓地に埋葬されていたなら、立ち入りが依然として不均等な状況下で、捜査当局は犠牲者の身元を確認し、死亡時期を特定し、戦闘による死と拘束中の死を区別する必要がある。RSFが学校内で人々を拘束したという軍の主張が検証されれば、避難と疾病ですでに特徴付けられている紛争に、さらなる虐待の層が加わることになる。この報道をこれほど厳しいものにしているのは、示された人数だけでなく、占領から抜け出し、後に残されたものを発見する都市の姿を描いている点だ。説明責任の追及がなお遠いとしても、これは将来の法廷につながり得る種類の発見である。