2025年4月3日のベンヤミン・ネタニヤフ首相のブダペスト到着は、通常の国賓訪問を国際法と外交的連携を直接試す出来事に変えた。イスラエル首相は国際刑事裁判所(ICC)による逮捕状が有効なままハンガリーに入り、ハンガリー政府はこの機会を利用して、同裁判所からの脱退手続きを開始すると発表した。

今回の訪問によって、ビクトル・オルバン政権は、ハンガリー自身が順守を約束したICCの枠組みと公然と対立することになった。提供された報道によると、ハンガリーは同裁判所の加盟国だが、オルバン首相は同機関を司法的ではなく政治的なものと位置付けた。この姿勢が重要なのは、加盟国には通常、ICCの逮捕状の対象となっている容疑者が領域内に入った場合、逮捕することが期待されているためだ。

AP通信の報道によると、ネタニヤフ首相がブダペストの城地区で軍による最高儀礼の歓迎を受ける中、ハンガリーは脱退手続きを開始する。同手続きの完了には1年以上かかる可能性が高いとされ、ハンガリーが即座に同裁判所の管轄外になるわけではない。それでも政治的なメッセージは即座に伝わった。オルバン首相は単にネタニヤフ首相を迎えただけでなく、法廷の権威に公然と異議を唱える形で迎えたのだ。

今回の訪問は、ICCが11月に逮捕状を出して以降、ネタニヤフ首相にとってわずか2度目の外国訪問だった。同裁判所の容疑は、戦場での一連の決定一つだけに限定されたものではなかった。ICCは、ネタニヤフ首相とヨアブ・ガラント前国防相がガザでの戦争に関連して人道に対する罪を犯したと信じるに足る理由があるとした。この文脈により、訪問は単なる二国間会談をはるかに超えるものとなった。同情的な政府が、ネタニヤフ首相を法的責任から守るためにどこまで踏み込むかを公に示す出来事になった。

この出来事のあらゆる要素の背景には、より広範な戦争がある。AP通信の記事は、2023年10月7日にハマス主導の戦闘員がイスラエル南部を攻撃し、約1,200人を殺害、251人を人質に取ったことで紛争が始まったと指摘する。その後のイスラエルによるガザ攻勢では、同地区の保健省によると5万人を超えるパレスチナ人が死亡し、先月に停戦が崩壊した後、戦闘が再開した。こうした数字は、ICCの事件が欧州をはるかに越えて政治的に激しい論争を呼び続ける理由を説明している。

逮捕状発付後に出されたオルバン首相からネタニヤフ首相への招待は、すでに反抗の表れと受け止められていた。ブダペストでの歓迎は、その見方をさらに強めた。また、裁判所制度の下では書面上同じ義務を共有する他のEU加盟国とハンガリーとの隔たりも広げた。その結果、今回の訪問では、儀礼、法的対立、同盟政治が、高度に可視化された象徴性に満ちた一日に混在することとなった。

この出来事はまた、法的機関と政治的同盟者が現実の場で衝突し得ることを示した。ハンガリーにとって、ICCからの脱退手続きを始めながらネタニヤフ首相を迎えることは意図的な選択であり、手続き上の偶然ではなかった。ネタニヤフ首相にとっても、その見え方は同様に重要だった。自身を裁こうとしている裁判所を拒絶する意思のある指導者の隣に立ち、しかもガザでの戦争が続き、政治的分断を引き起こしている中でそうしたのだ。この組み合わせにより、ブダペストでの出来事は、逮捕状を執行すべき法的命令ではなく、対処すべき外交問題として扱う政府が存在することを示す、これまでで最も明確なシグナルの一つとなった。