発生日:2025年3月17日

コンゴ民主共和国東部での戦争を背景に、ルワンダの首都キガリと、同国を特に厳しく批判する欧州諸国の一つとの政治的対立が拡大するなか、ルワンダとベルギーは互いの外交官を追放し、外交関係を全面的に断絶する事態に至った。DWによると、ルワンダはベルギーとの外交関係を断絶し、ベルギー外交官に48時間以内の国外退去を命じた。これに対しベルギーは、この措置は不釣り合いだと批判し、報復としてルワンダ外交官をペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)に指定すると発表した。

今回の直接的な対立の根底には、国境を越えたコンゴで長年続く、はるかに凄惨な紛争がある。DWの報道によると、反政府勢力「M23」は1月以降、コンゴ東部の二大都市を制圧した。この攻勢は、ルワンダで起きた1994年のジェノサイドの負の遺産や、コンゴの膨大な鉱物資源の支配権をめぐる争いと結びついた紛争を急激に激化させるものだったため、国際社会の非難を浴びた。報道はM23をルワンダの支援を受ける勢力と表現する一方、キガリが同組織への支援を長年否定してきたことにも触れている。

記事に示されたルワンダの立場は、慎重に組み立てられたものだ。キガリはM23への支援を否定しているが、ルワンダ軍がコンゴ国内に駐留していることは否定していない。国連は、現地に約4,000人のルワンダ軍兵士がいると推定している。この区別は重要だ。ルワンダは特定の疑惑を否定しつつ、より広範な戦域に軍事的に関与していることについては、ほとんど疑いの余地を残さないからだ。ベルギーのような批判国にとっては、それだけで直接的な外交圧力を正当化するのに十分である。

ベルギーは、この圧力をかける動きの中で特に目立つ役割を果たしてきた。コンゴとルワンダ双方の旧宗主国として、ベルギーは欧州連合(EU)内で、ルワンダとの2024年の原材料協定を停止するよう求める動きを主導した。これによりブリュッセルは、紛争について論評するだけの立場を超え、懲罰的政策を積極的に提唱する存在となった。ルワンダはこれに対し、ベルギーが一方に肩入れし、国際的な場で虚偽と情報操作を用い、ルワンダと地域全体の双方を不安定化させようとしていると非難した。

こうした非難は、歴史の記憶が現在の対立をいかに深く形作っているかを示している。ベルギーが植民地支配を行った過去があるため、同国がキガリに向けるあらゆる批判は、ルワンダ当局者によって父権主義や干渉だと言い換えられ得る。同時に、欧州内でのベルギーの地位により、その批判には実質的な外交上の重みがある。したがって、この対立は単なる二国間問題ではない。アフリカの地域紛争、欧州の外交政策、そして未解決の植民地支配の歴史が交差する地点に位置している。

今回の外交関係断絶は、和平努力にとって微妙な時期にも重なった。DWは、コンゴ政府とM23の双方が翌日にアンゴラで行われる協議へ代表団を派遣すると表明したことを指摘した。つまり外交官の追放は、地域的な仲介によって軍事的エスカレーションを回避する道筋を作ろうとしていた、まさにその時に起きた。圧力を和らげるどころか、ルワンダとベルギーの衝突は双方の立場を硬化させ、関係当事者にとって妥協の政治的代償を一層高める恐れがある。

ルワンダにとって関係断絶は、コンゴ戦争に関する外部からの非難を受け入れないという姿勢を、国内および地域の人々に示す狙いがあるのかもしれない。ベルギーにとって、対抗措置としての追放は、圧力を受けてもルワンダの行動に対する批判を撤回しないとの意思表示である。いずれの立場も、正常な外交関係に容易に戻る道を示してはいない。

この一件が最終的に浮き彫りにしているのは、コンゴ紛争がもはや同国の国境内にとどまっていないということだ。この紛争は、軍事介入、制裁、植民地支配の負の遺産、地域的な仲介という問題を一挙に巻き込みながら、アフリカ諸国と欧州各国政府の関係を作り変えている。大使の追放は、その変化の目に見える部分にすぎない。その下には、誰が戦争の原因を定義する権利を持つのか、そしてその拡大の責任を誰が負うのかをめぐる、より深い争いがある。