発生日:2025年3月9日。 シリアの暫定指導部は、沿岸部のラタキア県とタルトゥース県で数日間にわたり衝突と報復殺人が続いたことを受け、国民の団結を呼びかけた。目撃者らは、住宅街の路上に遺体があり、家屋が略奪され、主にアラウィ派が暮らす地域から家族らが避難していると証言した。
英国を拠点とするシリア人権監視団は、ラタキア、ジャブラ、バニヤスで740人を超える民間人が殺害されたと発表した。これとは別に、治安要員と旧政権残党の約300人が戦闘で死亡したとも報告した。BBCはこれらの合計を独自に確認できなかったとしており、情勢が急速に変化し、立ち入りが難しい地域では、情報源を明示することが不可欠となる。
バニヤスにあるアラウィ派の地区、ハイ・アルクスールの住民らは、さまざまな年齢の男性が銃殺され、自宅内で家族ごと殺された例もあると語った。かつてバッシャール・アル=アサド政権を批判して投獄されたアイマン・ファレスは、武装した男らが自分に気づき、命は助けたものの、車を奪ったと述べた。また、外国人のように見える戦闘員、公式の治安組織に属さないシリア人、武装した民間人が暴力に加わっていたと語った。
アリという名前だけが明かされた別の住民は、治安部隊に助けられて避難するまで、家族とともに銃声と悲鳴を聞いていたと述べた。スンニ派の隣人らが一家をかくまい、避難したほかの家族らは主にスンニ派が暮らす地域の学校へ移された。住民2人はいずれも、シリア軍と正規の治安部隊がバニヤスに入り、ほかの勢力を排除して、より安全な場所へ通じる経路を開いた後、状況が安定したと述べた。
暴力は、武装したアサド支持派がラタキアとジャブラ周辺で治安部隊を待ち伏せし、数十人を殺害した後に始まった。シリア軍の元准将ギヤス・ダッラーは新当局に対する反乱を宣言した。一方、武装解除を拒む元治安当局者らが沿岸部の山岳地帯で組織化を進めていることを示す報道もあった。一部のアラウィ派住民はそうした集団を拒絶し、虐殺の責任者を訴追するよう求めた。
今回の危機は、アサド排除後に下された決定の未解決の問題も映し出した。批判する人々は、アフマド・アル=シャラア暫定大統領が、失業することになる数千人への明確な計画を持たないまま、旧軍、警察、治安機関を解体したと指摘した。そのほかの公務員も解雇された。人口のおよそ90%が貧困線を下回る生活を送っていた国で、そうした激変は武装抵抗への潜在的な参加者を生み出した。
同時に、アサド軍による長年の残虐行為は、スンニ派シリア人の間に根深い宗派的な怒りを残していた。人権団体は、旧政権下でアラウィ派の治安当局者が殺害や拷問に関与したことを記録している。しかし、民間人に対する集団的な報復は、政権移行によって終わらせるはずだった虐待を再現する恐れがあった。
したがって、シャラアが直面する当面の課題は二つあった。アサド政権下で行われた犯罪の責任を追及すると同時に、政権打倒に協力しながら中央の指揮に完全には従わない勢力を抑制することだ。スンニ派住民がアラウィ派の隣人を守ったという目撃証言は、流血が避けられない共同体間紛争ではなかったことを示した。宗教的な帰属に基づいて罪を負わせるのではなく、秩序を回復して個々の加害者を訴追することが、新政権にとって極めて重要な試練となっていた。



