発生日:2025年3月5日。
南スーダンの治安部隊は、リエック・マシャール副大統領と連携する複数の幹部を拘束した。拘束された人物には、野党側の軍司令官ガブリエル・ドゥオプ・ラム将軍と石油相プオト・カン・チョルが含まれ、一連の出来事を受けて、同国の脆弱な和平合意をめぐる警告が上がった。
ラムは、スーダン人民解放運動反対派(SPLM-IO)の軍事部門を率いている。ラムは火曜日、同党の他の幹部らとともに拘束された。マシャールの側近でもあるチョルは夜間、治安部隊に拘束された。野党側は、拘束者がどのような扱いを受け、どこに収容されているのか把握していないと述べた。
南スーダン軍の部隊は夜間、首都ジュバにあるマシャールの自宅も包囲したが、その後撤収した。BBCの報道によると、マシャールとつながりのある他の軍高官らは自宅軟禁下に置かれた。
SPLM-IOの報道官は、ラムの拘束について、5年間にわたる内戦を終結させた2018年の和平合意への重大な違反だと述べた。プオク・ボス・バルアン報道官は、野党側は事態の激化を防ごうとしているものの、同国が再び紛争に陥るのを防ぐために必要な政治的意思を、合意の相手側が示すことを求めていると語った。
政府は異なる説明を示した。政府報道官のマイケル・マクエイは、拘束された野党関係者らが法律に抵触したと述べた。また、南スーダンを再び戦争に戻すことはないというサルバ・キール大統領の強い主張も伝えた。提供された証拠では、逮捕された人々に対する具体的な容疑は示されていなかった。
拘束に先立ち、上ナイル州では戦闘が報告されていた。ホワイト・アーミー民兵組織が政府軍との衝突後、エチオピア国境近くの戦略的要衝に位置する町を掌握していた。この民兵組織は内戦中にマシャールと共闘しており、キールに忠実な一部の軍関係者は、マシャール派が同組織を支援していると非難した。マシャールの報道官は、国軍指導部が和平合意に従っていれば、暴力は避けられた可能性があると主張した。
南スーダンは2011年にスーダンから独立した。その2年後、キールが内閣を解任し、マシャールがクーデターを企てたと非難したことを受け、内戦が勃発した。2018年に合意が成立するまでに、この紛争で約40万人が死亡し、250万人が避難を余儀なくされた。ラムが率いる野党部隊は、依然として国軍に統合されていなかった。このため今回の拘束は、合意から数年が経過しても未完了のままだった軍事面の取り決めも浮き彫りにした。
国連とアフリカ連合は、上ナイル州での暴力が拡大する恐れがあると警告した。ジュバを拠点とする和平活動家も、同国の最高指導者らが介入しなければ戦争が再燃する可能性があると警告した。当時2026年に予定されていた南スーダン初の選挙が繰り返し延期されたことで、こうした懸念は一層強まっていた。



