1月27日、コロンビアのノルテ・デ・サンタンデル県テオラマの地元当局は、ラ・セシリア地区にある複数の農村集落で13人の遺体を発見したと発表した。市当局者セルソ・リンコンが示した当初の説明では、現場はすでに地元で、より広範なカタトゥンボ危機の一部とみなされていた。この地域では武力衝突により民間人のコミュニティーが一段と悪化する緊急事態へ追い込まれていた。
リンコンによると、遺体はベガス・デ・オリエンテ、サン・ホセ・デ・ベガス、エル・ロサリオの各ベレダで発見された。犠牲者についての最初の説明では、2人が女性で、3人が14歳から16歳までの未成年者だったという。同当局者は、死者はFARCの分派「第33戦線」の戦闘員とみられると付け加えたが、身元確認はまだ暫定的で、国の当局による正式な確認には至っていなかった。
報告された死者は、カタトゥンボ地域で「第33戦線」と民族解放軍(ELN)との間で1週間以上続いていた戦闘を背景に発生した。地元当局者は、この殺害を、同地域におけるFARC分派の支配を弱めるためのELNによる、より広範な「狩り」の一部だと説明した。この対立は、コカ栽培、麻薬取引、燃料密輸、恐喝に利用される戦略的回廊をめぐるもので、同地域をコロンビアで最も不安定な紛争の火種の一つにしている。
住民への被害は深刻だった。報道は、法医学研究所(Medicina Legal)の公式記録として、より広範な衝突激化により別に41人が死亡したと伝えた。また、国防省による避難民の数は4万8,004人に上り、ティブ、エル・タラ、コンベンシオン、サン・カリストなどの町から、さらに619人が軍の支援を受けて避難したという。これらの数字は、戦闘がいかに急速に局地的な対立を越え、大規模な避難民危機へ発展したかを浮き彫りにしている。
リンコンはまた、死者数が18人に達する可能性があるとの未確認情報が先にあったものの、報道時点で収容、確認されていた遺体は13人分だけだったと述べた。さらに、衝突で別に4人が負傷した可能性があり、うち2人は治療のため地域住民に引き渡されたとされ、残る2人は行き先不明のまま連れ去られたという。この詳細も、より広範な死傷者数と同様、当局による確認が必要な状態だった。
地元の説明は、未成年者の関与についても深刻な懸念を提起した。リンコンは、死者に子どもが含まれていたことは、武装集団が若者を勧誘し、本来なら紛争に巻き込まれるべきではなかった命を早々に奪っている証拠だと述べた。ただし現時点で最も信頼できる結論は、報道に裏づけられた限定的なものだ。すなわち、テオラマ当局が13人の遺体を発見し、カタトゥンボで戦闘がなお続いており、同地域が国防・法医学当局からのより明確な確認を待つなかで、人的犠牲が増え続けていたということである。
報道時点で、国の当局は死者が出た状況について、より詳しい公式声明を発表していなかった。そのため、地元の説明がテオラマで起きたことについて入手できる最も明確な記述となっており、カタトゥンボの紛争がいまや戦場での死傷者だけでなく、コロンビアで最も係争の激しい国境地域の一つ全体に、より広範な治安上の緊急事態をもたらしていることを改めて示している。
報道に残る不確実性は身元確認にある。地元当局は遺体が発見されたと述べたが、法医学上の最終的な全容は、なお国の当局による確認待ちだった。つまり、地元の説明は最終的な死傷者の監査結果ではなく、現場報告として扱うべきである。それでも、この一件はカタトゥンボのより大きな傾向に合致する。武装集団が領土と違法な利益をめぐって衝突するとき、当局が書類手続きを終える前に、地域住民が被害の規模を知ることが多い。



