バッシャール・アル・アサド氏は、シリアから逃亡する意図はなく、政権末期の出来事によって戦闘に戻ることが不可能になった後にのみ同国を離れたと述べている。シリア大統領府に関連するTelegramチャンネルで公表され、2024年12月16日にBBCニュースが報じた声明で、元大統領は、戦闘作戦を指揮するためラタキア県のフメイミム空軍基地へ向かったと述べた。その後、シリア軍が陣地を放棄していたことが分かり、ロシア軍基地自体も激しさを増すドローン攻撃を受けたとしている。

この報道が重要なのは、ダマスカス陥落後、アサド氏が初めて公に示した反応として伝えられているためだ。BBCの報道によると、声明は、基地の軍事的状況が維持不能になった後、モスクワが同氏の退避を手配したとしている。BBCはまた、誰がTelegramチャンネルを管理していたのか、アサド氏本人がメッセージを書いたのかは明らかでないと指摘した。この不確実性も記事の一部である。声明は、その主張内容という点で重要だが、チャンネルの状況から、敗北した指導者本人による完全に認証された回想として扱うことは難しい。

声明は、すでに急速に崩壊しつつあった政権の最後の数時間を描写している。BBCによると、ハヤト・タハリール・アル・シャームが率いる反政府勢力は12日間でシリア各都市を席巻し、首都やその他の県が陥落する中、アサド氏の姿はなかった。また、首相がアサド氏と連絡を取れなくなった後など、同氏が国外へ逃亡したのではないかとの臆測が高まっていたと伝えた。12月9日のロシアメディアの報道は、アサド氏がロシアで亡命を認められたとしていたが、BBCによると公式な確認はなかった。

アサド氏の説明は、すでに軍事的かつ政治的な大敗と解釈されている崩壊を捉え直そうとするものだ。同氏は、国家が自身のいうテロリズムに陥り、意味のある貢献をする能力を失った時点で、いかなる役職も目的を失ったと述べている。これは事実に関する主張であると同時に政治的な主張でもある。出国を逃亡ではなく、国家の機能不全と戦場での崩壊の結果として描こうとしている。

より広範な影響は、アサド氏本人にとどまらない。BBCは、シリアの新たな反政府勢力指導部が暫定政府を組織しつつあり、国際的な関係主体はすでに、それとどう関わるかを判断し始めていると報じた。国連のゲイル・ペデルセン特使は、信頼できる包摂的な移行を求めた一方、カタールは外交措置を進め、米国と英国はHTSと接触したと述べた。出所が疑問視されているとしても、アサド氏の声明は、シリア国家がいかに崩壊したかを示す記録に、さらなる一層を加えるものだ。