ガザ保健省によると、2024年12月9日にガザ各地でイスラエルによる攻撃があり、50人が死亡、84人が負傷した。この日も、戦争で最も多くの死者が出た現場は、食料を求める列や家族の住居、機能不全に陥りつつある病院システムと結び付いていた。
報告によると、ラファでは小麦粉を求めて並んでいた人々が攻撃を受け、10人が死亡した。ジャバリアでは食料を探すため自宅を出ようとしていた3人が別の攻撃で死亡し、ブレイジ難民キャンプの住宅建物に対する別の攻撃では、同じ家族の少なくとも9人が死亡した。その大半は女性と子どもだった。
ガザ北部は医療危機にも直面しており、死者数をいっそう恐ろしいものにしていた。カマル・アドワン病院の院長は、電気、酸素、水の供給が断たれた後、停電によって100人以上の患者が危険にさらされていると述べた。院長は、これらのシステムが復旧するまで手術を安全に続けることはできず、近隣への砲撃が修理を妨げていると警告した。
報告は、戦争による軍事的圧力と基本的な生存がいかに一体化しているかを明確に示している。小麦粉を探す家族、危険から離れようとする住民、治療を待つ患者の全員が、日常生活のより広範な崩壊に巻き込まれていた。小麦粉を求める列が標的になれば、食料不足は背景にある問題ではなくなり、直接的な死因となる。
この日の出来事は、ガザの病院が通常の救急対応能力を超えるところまで追い込まれていることも示した。アル・アクサ病院の遺体安置所は埋まりつつあり、複数の攻撃後に遺体が運び込まれ、医師らは停電のなか、北部でわずかに機能している施設の一つの周辺が損壊した状況で手術を試みていた。報告は、スタッフが治療できる速度を上回る速さで負傷者が到着する環境を描写した。
ガザの保健当局によると、戦争開始以来、少なくとも4万4,758人のパレスチナ人が死亡し、その大半は女性と子どもだった。イスラエルは10月7日の攻撃を受けてハマスと戦っているとしているが、報告が重点を置いたのは、直近の攻撃による民間人の犠牲と、病院、支援システム、そしてそれらに依存する人々への圧力の増大だった。
報告はまた、戦争によって基本的な日常行動が危険にさらされる場へと変わったことを示している。人々は小麦粉を求めて列に並び、食料のある場所へ移動し、あるいは病院にたどり着こうとするが、本来なら危険を減らすはずの場所が、危険が最も高い場所となっている。この状況は北部で特に深刻で、医療チームは、電力、水、酸素のすべてが逼迫するなかで病院の機能を維持しようとしている。これらのシステムがひとたび停止すれば、病床数よりも、建物がそもそも機能できるかどうかの方が重要になる。
だからこそ、病院に関する詳細は犠牲者数と同じほど重要である。安定した電気、酸素、水がない病院は、負傷者の容体を安定させられる場所ではなくなり、さらなる危険地帯となる。報告は、民間人が爆発を生き延びたとしても、医療システムがその命をつなぎ止められない可能性がある状況へ、ガザがさらに深く陥っていることを示している。



