出来事の日付:2024年11月22日
アルジャジーラが伝えたレバノン国営通信と保健省の報告によると、レバノン東部へのイスラエルの空爆で、ダル・アル・アマル大学病院の事務局長とほか6人が死亡した。
アリ・アラムはバールベック地区の町ドゥーリスで死亡した。アナドル通信はレバノンメディアを引用し、攻撃がアラムの自宅を直撃し、ほかに死亡した6人は病院職員だったと報じた。提供された報道には、この攻撃についてイスラエル軍が具体的に言及した声明は含まれていなかった。
死者が出たのは、イスラエルがレバノン全土を広範に爆撃した日のことだった。ベイルート南郊では、地域の境界付近にある建物2棟が攻撃されたと国営通信が報じた。ミサイル1発が、商店、集合住宅、ジムが入る繁華街の11階建て建物を直撃し、火災を引き起こして建物を倒壊させた。攻撃に先立ち、シヤ、ハーレト・フレイク、ゴベイリの一部地域の住民には退去するよう警告が出されていた。
イスラエル軍は、航空機がベイルート南郊で新たな攻撃を完了したと発表し、同地域の標的をヒズボラの施設と権益だと説明した。別の攻撃は南部の都市ティールを直撃した。イスラエル軍は、司令部、情報インフラ、保管施設、監視拠点などを標的にしたと述べた。これらの説明は、提供された証拠におけるイスラエル軍の主張であり、そこで独立して確認されたものではなかった。
レバノン保健省はまた、南部への攻撃でイスラム保健機構に所属する医療従事者5人が死亡したと発表した。ジェジン地区のカトラニで3人、デイル・カヌーン・ラス・アルアインで2人が死亡した。同省はこれらの死を戦争犯罪だと非難した。
同時に、国境付近では地上戦が続いた。レバノン国営メディアは、イスラエル軍が、イスラエルから約2.5キロ離れ、住民の大半が退避した村デイル・ミマスに進入したと報じた。一方、ヒズボラは同地域のイスラエル兵をロケット弾と砲撃で攻撃したと発表した。提供された報告によると、イスラエル軍はヒアム周辺でも前進を図っていた。
外交努力でも激化を止めるには至っていなかった。米国のエイモス・ホッホシュタイン特使は、米政府がイスラエルとヒズボラの停戦を目指す中、その週に地域歴訪を終えた。アルジャジーラは、ガザ戦争に関連して数カ月続いた越境攻撃が9月に激化し、イスラエルによる広範な爆撃作戦とレバノン南部での地上攻勢へ発展したと報じた。
ドゥーリスでアラムとほか6人が殺害されたことで、レバノン全土の医療関係者、住宅地、平和維持活動の拠点に影響を及ぼしていた紛争の人的犠牲に、病院の責任者と、報道によれば医療職員だった人々が加わった。



