パキスタン・クラムのシーア派車列襲撃で少なくとも42人死亡

発生日:2024年11月21日。 武装集団がパキスタンのクラム地区でシーア派巡礼者を乗せた2つの車列に発砲し、少なくとも42人が死亡、ほかにも負傷者が出た。これは同地域で近年発生した宗派間暴力として最悪級の事件となった。死者には女性や子どもも含まれ、当局者は遺体が収容され、続いて埋葬が行われる予定だと述べた。

襲撃は、アフガニスタンと国境を接するカイバル・パクトゥンクワ州のクラム地区で発生した。証拠資料一式によると、車列は警察の護衛を受けてパラチナルからペシャワルへ向かっていたところ、銃撃が始まった。ジャベドゥラ・メスード副行政官は、女性や子どもを含むシーア派住民26人がスンニ派集団に人質として拘束された後、収容されたと述べた。銃撃は別々の2つの車列を襲い、犯行声明を直ちに出した組織はなかった。

この暴力は、単発の孤立した事件ではないようだった。報告書によると、クラムでは7月以降、シーア派とスンニ派の部族間の土地紛争をめぐり、宗派衝突が激化していた。メスード氏は、この出来事を、部族間と宗派間の亀裂へと発展した土地紛争だと説明した。地元の部族長老はアルジャジーラに対し、住民は当局、特に車列を守るはずだった法執行機関に激怒していると語った。住民は抗議のためパラチナルに集まる計画だとも述べた。

政府の反応は厳しいものだった。シャバズ・シャリフ首相は襲撃を純然たる蛮行だと非難し、平和の敵が罪のない市民を襲ったと述べた。証拠資料一式には、モシン・ナクビ内相が子どもを標的にすることは蛮行だと述べたことも記されている。同時に当局は、武装勢力が存在していた可能性を排除できず、捜査を継続していると述べた。

クラムでは宗派間抗争が長く続いてきた。資料によると、暴力が最も激しかった2007年から2011年までに2,000人以上が死亡し、現在もパキスタン・タリバン運動やISILを含む武装組織の影響を受けやすい地域となっている。同月初めには、数千人がパラチナルで平和行進に参加し、クラムの住民80万人の治安を改善するよう政府に求めていた。住民の45%超は少数派のシーア派に属している。

この銃撃は、同州の別の場所で兵士が死亡した別個の襲撃から数日後、また10月に11人が死亡した部族間衝突の後に発生した。この背景が重要なのは、今回の車列襲撃が単なる新たな路上事件ではなかったことを示すからだ。事件は、地域紛争、宗派間暴力、脆弱な治安が繰り返される広範な状況の中で発生し、再び民間人が代償を負った。

車列襲撃は、クラムの治安がいかに脆弱になったかを改めて浮き彫りにした。同地区は長年、地域の土地紛争、宗派間の敵意、アフガニスタン国境付近の武装組織の存在に影響されてきたが、殺害の規模により、こうした緊張は国家的な緊急事態へと押し上げられた。警察の護衛が待ち伏せ攻撃を阻止できなかったことで、この殺害事件は、政府の治安に関する主張と一般旅行者が直面する危険との隔たりを露呈した。

車列が警察の護衛下にあったにもかかわらず殺害を防げなかったという事実は、地区の警備体制に対する住民の怒りを一層強める可能性がある。そのため、この襲撃は宗派犯罪の現場であると同時に、国家権力に対する試練でもある。捜査でいずれの組織も特定されなければ、待ち伏せ攻撃がどのように起きたのかを説明するよう当局に求める圧力はさらに強まる可能性が高い。