出来事の日付:2026年9月25日。
フィリピンのフェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領が完全恩赦を与えたことを受け、メアリー・ジェーン・ベロソさんがマンダルヨン市の女子矯正施設から釈放された。インドネシアで麻薬密売の有罪判決を受けたことに始まる、16年間の拘束が終わった。
ベロソさんは、恩赦が与えられた翌日の金曜夜に刑務所を出た。矯正局のグレゴリオ・カタパン・ジュニア局長が恩赦の文書を手渡し、正式な釈放命令を示した。同局によると、ベロソさんは故郷のヌエバエシハ州の自治体につながれ、社会復帰の支援や、地域での生活への復帰を支えるサービスを利用できるようになる。
恩赦によって、フィリピンで残っていた刑事責任は消滅した。これにより、2カ国をまたぎ、移住労働者の権利や人身取引の防止を訴える人々にとって重要な運動の対象となっていた事件の、国内での刑事上の段階が終わった。
ベロソさんは2010年、海外で働くつもりで渡航した。本人と弁護士らの説明によると、仲介人らが行き先をインドネシアのジョグジャカルタに変更させ、新しいスーツケースを渡した。インドネシア当局はその中からヘロインを発見した。ベロソさんは、薬物が入っているとは知らず、仲介人らによって事情を知らない運び屋として利用されたと主張した。インドネシアの裁判所は麻薬密売で有罪とし、死刑を言い渡した。
2015年には死刑執行が目前に迫った。当時のフィリピン大統領ベニグノ・アキノ3世はインドネシア当局に直接働きかけ、ベロソさんを勧誘したとされる人々に対する手続きで、彼女が証人として参加するための時間を求めた。インドネシアは直前になって死刑執行を停止した。
その後、インドネシアのプラボウォ・スビアント大統領の政権とフィリピンとの合意により、ベロソさんは2024年12月に帰国できた。インドネシアはマルコス大統領に恩赦を与える裁量も認めた。移送されてから金曜に釈放されるまで、彼女はマンダルヨンの女子矯正施設に拘束されていた。
仲介人とされる人々に対する法的手続きは、別に続いている。クリスティナ・セルヒオとジュリアス・ラカニラオは2020年に違法な人材募集で有罪となり、現在も拘束されている。ベロソさんは6月、仲介人らを人身取引と違法な人材募集で訴える事件で証言した。その証言は、逮捕の原因となったスーツケースを彼女が持ち運ぶに至った経緯を明らかにする、より広い取り組みの一部だ。
カタパン局長は、釈放は人生をやり直す機会の可能性を示すものだと述べ、ベロソさんが家族のもとに戻れる見通しを歓迎した。恩赦によって、刑を宣告されて過ごした年月が消えるわけでも、彼女の勧誘に関連するすべての手続きが解決するわけでもない。しかし、インドネシアから移送された後も残っていた刑事上の拘束は取り除かれる。
ベロソさんの釈放は、本人の人生と外交の双方における大きな一章を閉じるものとなった。この事件はマニラとジャカルタの協力を必要とし、海外で仕事を求める人々が、欺瞞的な仲介人に対してどれほど弱い立場に置かれ得るのかという問題も提起していた。金曜、その直接の結果は明らかだった。10年以上の拘束と死刑執行の猶予を経て、ベロソさんは自由に刑務所を出られるようになった。



