出来事の日付:2025年4月15日。 ペルーで長年続いてきた違法な政治資金を巡る捜査により、国民党を夫妻で創設したオジャンタ・ウマラとナディネ・エレディアに有罪判決が下された。リマの裁判官らは、2006年と2011年のウマラの大統領選出馬に、禁止された献金が流用されたと結論付け、両者に禁錮15年を言い渡した。

国家上級裁判所は、選挙運動が国外の2つの資金源、ブラジルの建設複合企業オデブレヒトと、当時のウゴ・チャベス大統領率いるベネズエラ政府から、計約300万ドルを受け取ったと認定した。検察は、オデブレヒトの献金は勝利した2011年の選挙運動に充てられ、ベネズエラの資金はウマラが敗れたその前の選挙運動を支援したと主張した。夫妻は疑惑を否定し、裁判手続きを政治的迫害だと訴えた。

2011年から2016年までペルーを率いた退役軍人のウマラは、審理に出席した。ナイコ・コロナド判事は有罪判決を受けた者を直ちに収監するよう命じ、警察は元大統領を法廷から連行した。弁護人のウィルフレド・ペドラサは、刑罰は過重だと述べ、判決を不服として控訴する方針を表明した。

エレディアは出廷せず、審理に遠隔で参加した。同日これに先立ち、エレディアは夫妻の息子とともにリマのブラジル大使館に入り、外交的庇護を求めた。ブラジルは要請を受け入れ、ペルーは安全な通行を認めることで、1954年の地域庇護条約を順守すると表明した。その後、エレディアはブラジリアに到着した。エレディアの兄イラン・エレディアもこの事件で有罪判決を受け、禁錮12年を言い渡された。

裁判は2022年に始まり、元大統領夫妻に加え、ほかの被告も対象としていた。さらに8人が有罪判決を受けた。ウマラとエレディアはすでに2017年から約1年間、勾留されており、捜査と訴追が続くなかで釈放されていた。

この判決によりウマラは、ラテンアメリカ全域に広がったオデブレヒトの行為の余波に巻き込まれた複数のペルー元大統領の一人となった。アレハンドロ・トレドは、別の贈収賄事件で有罪判決を受け、すでに20年を超える刑に服していた。ペドロ・パブロ・クチンスキは、別の捜査が続くなかで自宅軟禁下にあり、自身への支払いは合法だったと主張していた。アラン・ガルシアは2019年、本人が否定していたオデブレヒト関連の容疑で当局が逮捕しようとした際に自死した。

オデブレヒトは2016年、地域全体で大規模な贈賄システムを運営していたことを公に認めた。ウマラとエレディアに対して判決が下されたこの事件は、ウマラが大統領権限を行使している間に賄賂を受け取ったとの司法判断ではなく、選挙運動に流入した資金を扱ったものだった。控訴が予定されているため、判決は今後さらに審理されることになるが、即時収監命令は元大統領に直接的な結果をもたらした。