発生日:2024年12月17日

モザンビークでは12月17日、サイクロン・チドによる死者数が34人に増えた。当局は住宅や船、生計手段が広範囲で破壊されたとも報告しており、暴風雨の進路を受けて西インド洋一帯でさらに大規模な人道危機に発展することへの懸念が引き続き高まっていた。

国家リスク・災害管理研究所によると、300人以上が負傷した。約2万3,600戸の住宅と漁船170隻が破壊され、モザンビークでは17万5,000人以上が影響を受けたと同機関は発表した。

最も大きな被害を受けたのは、サイクロンが日曜日に上陸して28人の命を奪ったカボ・デルガド州だった。内陸部のナンプラ州とニアサ州でもさらに6人の死亡が記録された。発生日の時点でも、救助隊は甚大な被害を受けた地域で活動を続けていた。

暴風雨はすでにフランスのインド洋領マヨットへ移動していた。内務省は復旧作業が始まる中、略奪を防ぐため現地時間午後10時から外出禁止令を出した。DWは、同島の当局者がチドの被害を核戦争になぞらえたと報じた。これは被害の規模を表現したもので、暴風雨に関する技術的評価ではない。

発生日の時点でマヨットの公式死者数は21人だったが、救助当局は最終的な人数が今後大幅に増え、数百人、あるいは数千人に達する可能性もあると警告した。モザンビークとマヨット双方からの報道は、このサイクロンが低所得のアフリカ大陸側の国と、人口が密集する脆弱な居住地を抱えたフランス領の双方に影響を及ぼしていることを示した。

サイクロン・チドはまた、激しい暴風雨にたびたび襲われ、紛争と低開発ですでに弱体化しているモザンビーク北部が抱える、より広範なリスクの特性も浮き彫りにした。提供された報道の中で、ユニセフは北部の広い地域の状況は壊滅的と表現でき、人々は直ちに避難場所を必要としていると述べた。この評価は、救援活動が死傷者数の集計だけにとどまらず、大規模な住居、食料、緊急医療支援へと進む必要があることを示していた。

モザンビークで当初報告された死者数はその後の集計より少なかったものの、現地の破壊はすでに甚大だった。サイクロンは大規模に住宅を損壊させており、死者数だけから推測されるよりはるかに多くの人々が避難を余儀なくされる可能性があった。カボ・デルガド州への上陸、それに続く内陸部への影響、さらにマヨットでの災害によって、チドは一国だけの危機ではなく地域全体の出来事となった。

12月17日時点では、依然として救助、避難場所の確保、被災地域へのアクセス復旧に重点が置かれていた。モザンビークの当局者らは死者数の把握、道路の啓開、孤立地域への到達を進める一方、マヨットは長期にわたる復旧作業に備えていた。初期の数字は、サイクロンそのものが通過した後も人道的負担が増え続けることを示していた。