マレーシア・コタバル、2024年12月3日 - 激しいモンスーン洪水により、マレーシアとタイ南部全域で30人以上が死亡し、さらに数万人が避難を余儀なくされた。当局はさらなる降雨に備えた。

マレーシア東海岸は特に大きな被害を受けた。アンワル・イブラヒム首相は、前週に予想を上回る大雨が5日間続き、この地域で通常なら半年かけて降るほどの雨量になったと述べた。洪水はクランタン州と隣接するトレンガヌ州の道路、住宅、公共施設に被害を与え、水田を冠水させ、住民を自宅に取り残した。

救助隊はボートを使い、洪水で孤立した人々に食料を届けた。一部の場所では、水位が上昇を続けた後にようやく低下する中、各世帯がなお家財を救い出そうとしていた。アンワル首相は議会で、損傷したインフラの修復費用は約10億リンギット(2億2,400万ドル)になると述べ、財産を失った人々への補償を政府が検討するとした。

人的被害はすでに甚大だった。マレーシアでは少なくとも6人が死亡し、タイの災害当局は、同国最南部の各県でそれまでの1週間に25人が死亡したと発表した。タイでは30万世帯以上が被災し、多くの学校と98の医療施設が閉鎖を余儀なくされた。水位がゆっくりとしか下がらない中、数千人の避難者が避難所にとどまった。

マレーシア国家災害指揮センターによると、7州で約8万5,000人がなお学校、公民館、救援センターに身を寄せていた。週の初めの約15万人からは減少した。避難者の大半はクランタン州とトレンガヌ州にいた。この数字は、洪水が一つの州だけの問題ではなく、地域的な緊急事態になったことを示していた。

気象上の危険は去っていなかった。両国の当局はさらなる雨に警戒を呼びかけ、マレーシアは新たなモンスーンの活発化に備え、タイはなお数万人の避難者への対応を続けていた。12月3日の災害が深刻だったのは、死者が出たからだけではなく、被害が両国の住宅、農場、診療所、交通網に広範囲に及んだからでもあった。

洪水を特に過酷なものにしたのは、発生時期と地理的条件の組み合わせだった。低地のモンスーン地域で大雨が5日間続けば、通常の雨季が地域的な緊急事態に変わり得る。報告は、学校、医療施設、農地がすべて同時に被害を受けたことを示していた。この広範な影響は、死者数がこれほど急速に30人台へ増えた理由を説明する一助となる。

数字はまた、緊急事態がなお進行中だったことも示唆していた。避難者数は依然として多く、さらなる雨が予報され、両国政府は避難所の準備を進めていた。言い換えれば、報告された死者数は最終的な数字ではなく、すでに数万人を避難させ、さらに拡大する恐れがある進行中の災害を切り取った一時点の数字だった。

洪水はまた、モンスーンによる水害がいかに急速に地域経済への打撃となり得るかを明確にした。マレーシアとタイの双方で水田が冠水し、道路が損傷すれば、その影響は各世帯の損失にとどまらず、食料生産、輸送、公共支出にまで及ぶ。修復費用の見積もりと避難所の収容人数がそれほど注視されたのは、このためだ。

この報告が特に的確に捉えていたのは、今後をめぐる不確実性だった。雨はいったん弱まったものの、さらなる降雨が予報され、両国政府はなお避難所を開設し、新たな増水に備えていた。死者数はすでに多かったが、事態はまだ終わっておらず、完結した災害というより長期化する緊急事態の様相を呈していた。