出来事の日付:2024年10月20日。 プラボウォ・スビアント氏がジャカルタでインドネシア第8代大統領に就任し、元将軍で大統領選に2度敗れた候補から同国最高位の職に至る政治的な歩みを完遂した。退任するジョコ・ウィドド大統領の息子で、スラカルタ前市長のギブラン・ラカブミン・ラカ氏(37)も副大統領に就任した。
その数日前に73歳になったプラボウォ氏は、国会議員や各国の要人を前に、コーランに手を置いて宣誓した。プラボウォ氏とギブラン氏は国会議事堂で就任文書に署名し、その後、新大統領はムルデカ宮殿で行われた引き継ぎ式にウィドド氏とともに出席した。この政権移行により、世界で最も人口の多いイスラム教徒多数派国家に新たな指導部が誕生した。
正式な式典に合わせ、大規模な市民の祝賀行事も行われた。首都の街路には数万人の支持者が詰めかけ、就任を記念する横断幕や看板が掲げられた。伝統的な青いブタウィ布をまとい、黒っぽい帽子をかぶったプラボウォ氏は、車列が国会から大統領宮殿へゆっくりと進むなか、白い車のサンルーフから人々にあいさつした。群衆はプラボウォ氏とギブラン氏のペアを支持する声を上げた。
式典は重要な政治的再編も浮き彫りにした。プラボウォ氏は2014年と2019年の大統領選でウィドド氏と争い、いずれの敗北にも異議を唱えていた。ウィドド氏はその後、2期目の当選を果たすとプラボウォ氏を国防相に任命し、所属政党が異なるにもかかわらず、かつてのライバル同士による同盟を築いた。
この協力関係が2024年の選挙運動を形づくった。プラボウォ氏は自らをウィドド氏の政策課題の継承者として位置づけ、退任する大統領の支持を受けて、2月の直接選挙で地滑り的勝利を収めた。ウィドド氏の息子を副大統領候補に選んだことは、継続性の約束をさらに強め、両者の政治的利害がいかに密接に重なっていたかを示した。
プラボウォ氏は、巨額の費用がかかる新首都の建設や、インドネシア国内での加工・製造を増やすことを目的とした原材料の輸出制限など、ウィドド時代の主要政策を維持すると約束した。こうした公約は、有権者と投資家に対し、大統領の交代によって経済戦略が突然逆転することはないとの大まかな見通しを与えた。
それでも、その就任には、かつての軍歴の重みが伴っていた。プラボウォ氏は、インドネシアの軍事独裁期に関連する人権侵害の疑いをかけられていた。提供された報道は、同氏の宮殿入りを、物議を醸した元将軍から選挙で選ばれた文民指導者へと、公的な立場を長い時間をかけて変えてきた歩みの集大成と表現した。
式典を終えた新政権は、継続性を掲げた政策綱領を実際の政策に変える課題を引き継いだ。ジャカルタに集まった支持者らは、より強力な指導力、経済の改善、さらなる国家発展への期待を表明した。この正副大統領の組み合わせは、そうした期待をプラボウォ氏の権威と、同氏が後を継いだ大統領の遺産の双方に結びつけた。



