ブルックリンの西インド諸島系住民パレードで5人銃撃、祝祭が暴力の場に
警察は、襲撃は標的を定めたものだったとし、銃撃後もパレードのルートは開放されたままだったと述べた。
本文 ニューヨーク市の西インド諸島系米国人の日パレードで2024年9月2日、5人が銃撃され、市内最大級の文化的祝祭の一つが、突然の暴力が起きる新たな現場へと一変した。
提供されたAP通信の報道によると、銃撃は午後2時35分ごろ、ブルックリンのイースタン・パークウェイ沿いで発生した。警察は、銃撃犯が特定の集団を狙ったと説明し、ニューヨーク市警のジョン・チェル巡回局長は、襲撃は無差別ではなかったと述べた。被害者2人が重体となり、残る3人は命に別条がないとみられていた。容疑者は逃走した。
パレードはその日早くに始まり、カリブ文化を祝う長年のレイバー・デーの伝統行事として、数千人の参加者がブルックリンを練り歩いていた。発砲が起きた時点で、ルートは音楽や衣装、密集した人波であふれていた。そのため、警察の対応はとりわけ緊急性を要した。警官はルートの一部を封鎖し、現場検証用の標識が置かれ、警察は市民に映像の提供を求めた。
この暴力事件は、残念なパターンに当てはまる。このパレードは、カリブ文化を祝う世界最大級の年次行事の一つだが、長年にわたり銃による暴力が繰り返し発生してきた。AP通信の報道は、2016年にルート付近で2人が殺害され、2015年にはパレード前の催し中に、当時のアンドリュー・クオモ州知事の側近が銃撃され死亡したと指摘している。
それでも当局は、パレード全体で銃撃犯が活動中の事態として扱っているわけではないと強調した。チェル氏は、パレードは続行されるとし、銃撃は無差別な混乱ではなく、1人がある集団に対して意図的に行ったものとみられると述べた。
この銃撃は、主要政治家の関心も集めた。上院民主党トップのチャック・シューマー院内総務は当時パレードに参加しており、ルートを最後まで歩いた。その後、襲撃に心を痛め、憂慮していると投稿し、初動対応に当たった人々に謝意を示した。
AP通信の報道は、この日の核心にある矛盾を捉えている。文化的誇りと公共の喜びを表現するはずの祭典が、標的を定めた銃撃を受け止めざるを得なくなったのだ。参加者にとって、現場はわずか数秒で祝祭から恐怖へと一変した。
パレードの規模を見れば、銃撃がこれほど広く反響を呼んだ理由が分かる。これはブルックリンのカリブ系コミュニティーにとって大規模な集まりであり、約2マイルに及ぶルート沿いに毎年大勢の人々を集める、ニューヨークを象徴するイベントだ。銃撃は単にパレードを中断させるだけではなく、地域社会の暮らしを支える制度的な存在を襲うものだ。
2024年9月2日、祝祭は続行されたが、それは5人が負傷し、ニューヨークの公的な祝祭を銃による暴力から完全に切り離すことは果たして可能なのかという古くからの問いを再燃させた銃撃について、警察が事態の収拾に着手した後のことだった。



